嬉しい時も、ときめく時も、辛い時も、悲しい時も⋯⋯⋯。いつも音楽は、人の心に触れ、
寄り添い、潤いをもたらす。私にとって音楽は丸で血液のようだ。音楽と共に素敵な生活を。

Vol.6 独自の音楽境地を開いたパリの才人、ミシェル・ルグラン。Byヒコ・ウォーケン

2025年6月8日

①パリの休暇。

 仕事で度々イタリアのミラノ、フィレンツエ、ヴェネツイアから北へ30キロのトレヴィーゾへ訪れていた。ひとつの仕事が終わると直ぐに移動で落ち着く暇もない日々であった。トレヴィーゾでは列車でヴェネツイアのサンタルーチア駅に着くと、近くの広場に仕事先の車が迎えに来て 乗車。ドライバーとはすっかり親しくなったが、かなりのスピード狂でヒア汗の連続であった。『私は早く正確に送り届けるのが仕事』が口癖の陽気な男だった。

 ファッション・マーケティングとトレンド予測にはその街の人々のリサーチが分析の基本である。仕事をしながらイタリアのリアルクローズは熟知していたので、帰途は2、3日休養を兼ねてパリに寄るのが習慣となっていった。東京に居ると仕事から仕事でタクシーと電車を使うため歩く機会が少ない。パリでは街の空気とリサーチが主目的ゆえ、よく歩くことになる。

 そのスタート地点が『レアール』であった。今は歴史を活かしながらモダンを融合させた大きなショッピングセンターになり、衣料品のフラッグストアが並ぶエリアである。

 当時はパリのカジュアル・スタイルが行き交う、親しみのある街だった。少し小道に入ると雑貨屋があり、瀟酒なカフェで美味しそうにブランチを楽しんでいる。私はテラスに座り、ミルク多めのカフェオレとクロワッサン、好物のマロングラッセを採り、脚を休める。店内からJAZZの名曲ネイチャーボーイのメロディーが聞こえていた。それがなんとバンドネオンで奏でていた。なるほどこの曲もパリ調にするとこうなるのか、と暫し感慨に耽る。

 ひと休みして『ルマレ』エリアに向かう。ここではピカソ美術館、コニャックジェイ美術館、カルナヴァレ博物館、ヨーロッパ写真美術館ほか感性を刺激する芸術の館が点在する。こうした通り故、アートギャラリーも多い。パリの時間は心も浄化されるように一日が過ぎて行く。そこからセーヌ川の水辺に向かうのがいつもの散歩コースであった。川のたもとのベンチに座り、私はへッドフォンを装着する。そしていつもパリで聴く音楽がミシェル・ルグランの曲であった。

②才人、ミシェル・ルグラン。

 ルグランは父親が音楽の指揮者、母親が楽譜の出版社経営、姉がソプラノ歌手という音楽一家に育つ。無論本人の才があったのは間違いないが、JAZZピアニスト、交響楽、作曲家、ビックバンドの指揮者、歌手、映画サウンドトラック作曲と実にマルチな活動で、それらをクロスさせながら独創性のあるフランスの音楽家として極めた。

 いわば、これまでにあったJAZZ、クラッシック、ポピュラーなどのジャンルを超え、ルグラン独自の音楽領域を創造し評価が高い。彼が何をやるか常に注目を浴びた存在である。日本にも1972年以降、度々公演に来て、今度はどんな音楽なのかいつも楽しみを与えてくれる存在であった。

『ルグランJAZZ』ではあのマイルス・デイビスと共演。ジョン・コルトレーン、ジョニー・マチス、サラ・ヴォーン、ビル・エヴァンス、フィル・ウッズなどJAZZ界の一級アーチストとも共演を重ねてきた。JAZZとクラッシックの気品ある演奏スタイルは、JAZZの本場アメリカで異彩を放つ存在であった。彼の独創性への興味が多くのアメリカン・メジャー・アーチストの関心を引いたのであろう。

③ルグランの映画主題歌。永遠不滅の二つの名作。

■『華麗なる賭け』    アカデミー主題歌賞受賞の『風のささやき』。

 1968年の映画『華麗なる賭け』でルグランは受賞。監督ノーマン・ジュイソン(『夜の大捜査線』でアカデミー作品賞、『屋根の上のバイオリン弾き』など多数の名作を手掛けた監督、プロデユーサー)の意を汲んで作曲した、この主題歌は現在でも多くのシンガーが歌い次ぐ名作である。
 映画もスティーブ・マックイン、フェイ・ダナウエイの個性化俳優がアラン・レヴィンの衣装の元、スタイリッシュで今見ても全く古さを感じさせない作品である。海辺の砂を蹴るように走るサンドバギーやマックイーンのポロ競技など見せ場の連続だ。映画でこの曲はノエル・ハリソンが歌っている。

 お勧めしたいのはCD『ミシェル・ルグラン ビック・バンド』に収められている同曲。ルグラン自身のピアノと金管楽器が織りなす演奏は映画さながらにドラマテイックで、アレンジ力の才能を世に知らしめた作品である。

■ 『シェルブールの雨傘』 I   will   wait   for  you 
  アーチストの聴き比べ。

 誰もが耳にしている名曲である。今も多くのシンガーがライブで歌う不朽の名作だ。映画はジャック・ドウミが脚本、監督。カラフルな画像に映
画では珍しいレチタテイーヴォ(話すような独唱)で独創性のスタイルを持ったミュージカル作品である。シンプルで甘く美しいメロディだけに多くのミュージシャンがカバーしている。
 よってアーチストそれぞれのアレンジがあり、聴き比べが楽しい曲である。ざっとお勧めを挙げてみよう。

★ミシェル・ルグラン。 先ずは作曲したご本人のビック・バンド盤。
 クラッシクのセンスを随所に取り入れた、一遍のドラマのような演奏。繊細な弦楽器と金管の交錯が見事な逸品である。ルグランの真の技量はビックバンドにある、を知らしめた演奏である。

★ニッキ・パロット。オーストラリア生まれでNew YorkでJAZZ修行したパロットは、女性では珍しいベースを弾きながら歌うという独自のスタイルでフアンを惹きつける。『思い出のパリ』というアルバムに収録されているが、先ずベースでメロディを弾き、歌唱に入る。パロットの声質が曲とマッチしてヒットした。

★ケニー・ドリュー・トリオ。これぞ正統ピアノ・トリオと言える名演奏。ゆったり流れるセーヌ川のように、ただようケニーのピアノ。ベースの技が際立っていて、何度聴いても飽きることはない。正に名曲にして名演である。パリに行くと夜カフェでヘッドフォンを耳に、いつも聴いていた。私にとって時間とコーヒーを美味しくするJAZZである。

★Liza  Minnelli  。この曲をドラマッテックに歌い上げた象徴として特筆したい。情熱、情念、表情豊かなヴォーカル。私のコレクションではLive盤だが、ラストの拍手でリスナーの感動が伝わってくる名演だ。

★ゲイリー・マクファーランド。これは一転、甘いメロディーをシンプルに綴ったリラクシング・JAZZスタイル。リビングでくつろぐ時、空間を和らげるサウンドとして良くこの盤を回す。

★ラ・オレイン。 流麗なピアノに乗ってサラの表情豊かな歌唱を楽しめる。まるでブロードウエイのミュージカル劇場にいる気分にさせる。
 私は時間帯別にJAZZを纏め自己編集しているが、『PM23時』のテーマに位置する盤である。

 他にも数えきれないシンガーやミュージシャンの盤がある。ルグランが如何に多くの音楽家を刺激した証明と言えよう。

 聴き比べは楽しいものだ。休日の昼下がり、西陽が少しさす頃に聴き比べをする。音楽は深く、実に良いものだと心が反応する。


ヒコ・ウォーケン(YASUHIKO TAKAHASHI)

ライフスタイル デザイナー

プロフィール:
ファッション、流通マーケティング分析、企画、音楽プロデュース、映像、販促、メデイア情報、講演を駆使し、ライフ・スタイルデザインを軸に多くの企業コンサルティングに携わっている。独自の感性、レーダー力、分析力で唯一無二のビジネスに定評が集まる。特に自らの持論である『文化情報経済』は常に時代を先取し、ビジネス・トレンドを創造し続け、今にある。現在は日本版【クオリティー・オブ・ライフ】の創造発信と体験型ライフデザインに力を注ぎ、精度の高い時間創造を提起している。
マデイソンコンサルティング創業者。