JOURNAL
自分が自分らしくあるために、
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そんなイラリなひとに、豊かな暮らしの本質を学びます。
時代の先をゆく賢者たちのライフスタイルから、
強く、しなやかに生きるヒントを見つけてください。
ギリシャからカトマンズへ 果てしなき「ワインロード」をつなぐ夢
Vol.4 小妻洋輝(こづまひろき)さん
『シャトーレストラン ジョエル・ロブション』でサービスとしての経験を積み、30歳を目前にワーキングホリデーを活用してヨーロッパへー。
彼には夢があった。それは、「自分で育てたブドウで、まだ世界のどこにもないワインを造ること」
野心と情熱、飽くなき探究心で、目指すは「ソムリエ・醸造家・ワイナリー経営者」の三刀流。
味わうひとの心をふるわせるようなワインを追い求め、2024年ブドウ栽培をスタートした。
陸上選手として東京都の強化選手に選抜された経験をもつ型破りな突破力にも、イラリはいち早く注目しました。
ワイン醸造に情熱を燃やす若き挑戦者・小妻洋輝さんの夢と希望を追いかけます。
CONTENTS
香港の富裕層をターゲットにしたテイスティングイベントにて、フランスの有名ワインを紹介する小妻さん
キャリアの第一歩。すべては“ロブション”からはじまった
香気化学研究室で研究中。赤・白32種類のワインの成分を比較し、その変化を国ごとに分析
東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科卒。
「僕が入学した当時、日本では唯一、東京農大にしかない学科でした。発酵や醸造、ワインについても深く学べることを知り、興味を持ったのです」
まだまだ解明されていない領域も多いワインの熟成工程の神秘に魅せられ、在学中はワイン研究に明け暮れた。4年生のときに『全日本ソムリエ連盟(ANSA)』の資格認定試験を受けて合格し、ソムリエとワインの品質鑑定士の2種類の資格を取得。
ワインに興味をもった理由について、「叔父が二人いて、一人はイタリア料理店のシェフ、もう一人はワインラバーで、自宅のセラーに300本ほどのワインを所蔵しています。母も祖母もワインが好きで、家族のお祝い事があればみんなでワインをあけるような環境で育ったことも大きいと思います」と語る。
ワインラバーのおじさんが自宅に所有するセラーには300本物ワインが貯蔵されている
ワインを学び、若くしてソムリエの資格を取得した小妻さんが、ミシュラン三ツ星レストラン『ジョエル・ロブション』に就職したのも自然な流れ・・・・、と思いきや。
「実は飲食店に就職するつもりはなかったんですよ。大学を卒業したら、ヨーロッパに行きたかった」
ワインの本場でより本格的に醸造を学び、自分の手でワインを造る。そんな夢を思い描いていたという。
「でも、何も職歴がなくていきなり海外に行くことに一抹の不安がありました。海外のワイナリーはバーやレストランを併設しているところが多いので、まずは知名度のあるメジャーどころで2年くらい経験を積もうと考えたのです」
世界中の誰もが知る有名レストランといえば、やっぱり“ロブション”でしょ!
そんな軽い気持ちで日本最高峰のグランメゾンの扉を叩いたのは、大学4年10月のこと。新卒募集期間は、もうとっくに終わっていた。
「どうしても入りたかったんですよ。今思えば無謀でしたが、スーツを着て、アポなしで直接レストランを訪ねました」
「ご予約ですか?」
「いえ、ここで働かせてください。お願いします!」
そんなやりとりと何度かの面接の末、結果的に新卒枠での入社を勝ち取った小妻さん。
「4年間大学で学んだことと熱意が評価されたのだと思います」
人生には、常に3つのドアがあると聞く。多くのひとが並ぶ正面の入り口がファーストドアなら、選ばれしVIPやセレブたちが通るのがセカンドドア。そしてもうひとつ、「成功への抜け道」といわれるサードドアだ。
諦めずに行動を起こせばサードドアは必ず見つかることを、この体験から実感した。
2017年、3ヶ月間の研修の後に正社員となった小妻さんは、2023年までロブションのサービスとして働くことになる。
レストランの仕事は“準備8割”
最高の状態でゲストを迎えるために、おもてなしの真髄を学ぶ
しかし、拓けた扉の向こうで小妻さんを待ち受けていた超一流レストランの世界とは・・・。
「ハードでしたね。店が開店するまでのわずか2時間の間に、こなさなければならないノルマが山ほどあるんですよ」
皿やグラス類、何千本とあるクリストフルのカトラリーや料理の皿の上にかぶせるクロッシュは、一点の曇りもないよう細心の注意を払いながら磨き上げる。広いレストランの隅々まで掃除機をかけ、階段を磨く。わずか数ミリのシューマークも残せない。
トイレ掃除やタオルの補充、パン、デザート、チーズのワゴンにも指紋がないか、念入りに確認するのだ。
「レストランの仕事は“準備8割”とよくいわれるのですが、最高の状態でゲストをお迎えするためには準備が命なんです」
膨大なプロセスを毎日こなした小妻さん。
夜毎訪れるゲストたちを200%満足させる一流のサービスの裏には、見えないところに心を配り、誰もいない早朝から気持ちを高めて準備をするスタッフがいる。
それは、ロブションが恵比寿に開業してから30年を迎えた今も、フレンチの殿堂として決して色褪せることのない本物の存在感を放ち続けている理由の一つに違いない。
「きつかったけれど、辞めようと思ったことはありませんでしたね。仕事とはこんなものかなって。何事もプラス思考でポジティブに考えていました」
「1本300万円、400万円もするボトルが開けられる日も、この店では珍しくありません。一晩で1000万円使う常連の美食家たちや海外の醸造家も訪れます。やはりロブションは別格でした」
小妻さんは、おもてなしの真髄をこの店で学んだ。
「失敗もたくさん経験しました。会食のテーブルでシャンパンをこぼしてしまうなど、サービス中のミスは数え切れません。先輩に“2度とダイニングに出るな!”と厳しく叱られたこともありました。そんなふうに下積みを経験し、下っ端の仕事は誰よりもわかるようになりました」
ロブションでの仕事をこなしながら、ワインの国際資格『WSET®/Wine & Spirit Education
Trust(ワインとスピリッツの教育企業合同)LEVEL3』を取得。サービスのプロとして世界で通用する難易度の高い資格だ。たとえ飲食の経験は浅くても、ワインの知識に関しては絶対に負けたくない。そんな思いがあったからという。
「何をいわれても折れない心の強さ、そしてこの先どこへ行ってもやっていける自信になりました」
2023年にロブションを退職。現在はフリーランスとして地方のホテルやレストランのワインの監修、そして一日一組限定のプライベート・レストランのソムリエとして活動の場をさらに広げている。
一日一組限定のプライベート・レストランにて。ソムリエとしての信頼も厚い
ギリシャ出発前の歓送迎会の宴。セレクトした厳選ワインでおもてなし
味わうひとを感動させたい。そんな想いが込めながらワインリストを作成する
心ふるわすギリシャ・ワインとの出会い。「忘れられない味」が導く、いま歩むべき未来
生産者や産地の個性が感じられるワインに惹かれると語る小妻さん
小妻さんがワインの仕事を続けてきた理由は、忘れられない味があるから。
「大学2年のときに、都内の有名百貨店で開催された『世界のワイン展』に行ったときのことです。たまたま入ったギリシャのブースで試飲したワインに衝撃を受けました。口に含んだ瞬間に、目の前にサントリーニの碧い海が広がったような感じがして、心がふるえましたね」
人生初のセンセーショナルなこの体験が、小妻さんをギリシャへと駆り立てた。ワイン造りを学ぶなら、まずはギリシャに行くべきだと確信したという。
「ヨーロッパのワインロードの起源は諸説ありますが、ギリシャがはじまりという説が有力で、各国に影響を与えた重要な国のひとつだとわかりました。だから、海外へ行くならまずはギリシャを皮切りに、その後ヨーロッパ各地をわたって醸造やワインの文化を学ぼうと考えたのです」
サステナブルでオーガニックなワイン造り。その夢をカトマンズで叶えよう
ネパール料理店、サパナの店主・ディリップさんと小妻さん
ワイン醸造技術をヨーロッパで習得する一方で、ブドウを栽培するのは、南アジア・ヒマラヤ山脈南麓に位置するネパールだ。知り合いのネパール料理店の店主、ディリップさんが、カトマンズに所有する広大な土地を借りてワイナリーを造るという。
「ブドウ畑を造るなら、この土地を使ってみたら?」と写真を見せてくれたのがきっかけだ。
温暖な気候となだらかな斜面。標高1300mに位置するカトマンズの丘陵地はブドウの栽培に最適
アルゼンチンと似た気候条件であることから、アルゼンチン品種のトロンテスをはじめ、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノノワール、シャルドネなどの国際品種9種類を試験的に植えている
標高1300mに位置するなだらかな丘陵地は、水はけも日当たりも良好。近くには川が流れている。年間を通して温暖な気候で、雨季には毎日のようにスコールが降り、雨量も十分。
「ブドウ造りに最適な条件が揃っていました。結果はどうあれ、直感で“やってみよう”と決めました」と小妻さん。この夏、カトマンズに約150株のブドウの苗木を送った。
農薬も肥料も使わない『炭素循環農法』で課題解決を目指す
一方、ネパールの土地には課題もあった。
産業廃棄物が多いこと、また分別の習慣がなく、一般家庭から出るゴミはワイナリー予定地の近くの山に捨てられている現状がある。
そこで、ディリップさんとともにクラウドファンディングで資金を集め、廃棄物を炭素に変える処理施設を現地に建設し、『炭素循環農法』に取り組むそうだ。
「炭素循環農法とは、炭素と窒素の割合によって土の中の発酵を促し、菌や微生物を活性化させる農法です。農薬も肥料も使わずにブドウ造りに適した土壌を作ることができるばかりか、うまくいけばネパールのゴミ問題解決の一助にもなるのです」
土地の近くには日本語学校があり、将来日本で働きたいと日本語を学んでいるひとたちが多く在籍している。ワイナリーを経営する上での労働力の有力候補だ。
環境・教育・雇用問題解決の流れが着々と進む中、ギリシャからヨーロッパ、そしてネパールから東南アジアへとワインロードをつなぐ夢はますます本気度を増し、未来へと確実に歩みを進めている。
そんな小妻さんが目指す理想のワインについて伺ってみた。
「銘柄やヴィンテージにはあまりこだわらないのですが、生産者や産地の個性が感じられるワインに惹かれますね。ギリシャをはじめ、アルメニア、ジョージアのワインにも興味があります。ワインはその日のコンディションや心のあり方で、同じワインであってもまったくで違う表情が楽しめます。あのとき、あのひとと飲んだな、とシチュエーションが思い浮かぶような印象深いワインが僕の理想。そんなワインを造り、いつか大切なひとや家族とともに楽しみたいと思います」
2024年秋、いよいよ「ソムリエ・醸造家・経営者」を目指すリアル・三刀流の旅がはじまる。
準備はすべて整った。あとは行き着く先々で、新しい発見と未知なる出会い、異文化体験が醸すファーメンテーションを思いきり楽しむだけ。
「“行動あるのみ”です。今までの歩みがそうだったように」
さあ、行こう!
2024年9月。日本を出発してギリシャ・サントリーニ島の首都、フィラにて。これから冒険の旅が始まる
"WHAT WILL YOU LIVE WITH IN YOUR HANDS?"
小妻洋輝さんのJUSTナチュラル
GAIA WINES(イエア ワイン)
いま、世界でも注目が集まっているギリシャワイン。中でも常に優れたワイナリーのひとつに選ばれるのがサントリーニ島とネメア(ペロポネソス半島)のワイナリーで醸造される『イエアワイン』。
サントリーニ島の土着品種、アシルティコのとてもフローラルでエレガントな香りと品種・テロワール由来の独特なミネラル感が素晴らしいです。
試飲ブースでギリシャのワイン飲んだときのインパクトは、今も僕の五感にしっかりと刻まれています。
母のビーフシチュー
誕生日やクリスマスなどに昔から母が作ってくれたビーフシチュー。野菜嫌いの僕のために、にんじん、じゃがいも、セロリなどを煮込んだ後にフードプロセッサーにかけ、肉と共に赤ワインでさらに煮込んで仕上げる。29年間、さまざまな店でビーフシチューを食べてきましたが、いまだこれを超える味には出会っていません。詳しいレシピは母の秘密・・・。
“お守り”1000円札
大学時代、母方の祖母のお見舞いに行った際、「お小遣いだよ」と、手渡された1000円札。会うのは、それが最後になりました。新潟に住む祖母は、母に内緒でよく僕にお小遣いを送ってくれました。小さな頃からおばあちゃん子だったので、亡くなったときはショックで落ち込みましたが、それ以来、僕はひとを喜ばせることのできる人間になろうと思うようになりました。
この1000円札は、旅に出るときはもちろん、いつも肌身離さず持ち歩いています。自分らしくあるための大切な“お守り”です。
〜インタビューを終えて〜
超一流レストランでのまさかの失敗エピソードなど波乱含みな経験の裏で、ソムリエ、チーズ、狩猟免許など20代で取得した資格の数々が光る。スペインでは、アンダルシア政府公認の生ハム資格「コルタドール」を取得するのだとか。
「ネパールの土地でワイナリーをはじめてみたら?」。そんな思いがけない誘いがあったのも、夢をもち続け、長期的な視点で自分の歩むべき未来を見据えていたからこそ。
ギリシャ発カトマンズへのワインロードの開拓と多くの出会い、これからはじまる神秘のワイン醸造を心から堪能してほしい。
そしていつか、わたしたちにも心ふるえるワインを届けてくれることを期待します。
取材・文 山田ふみ
小妻洋輝さん(HIROKI KOZUMA)
1995年8月4日生まれ。大学卒業後、『シャトーレストラン ジョエル・ロブション』でサービスを経てフリーランスに。ワインリストの監修を手がける。現在、1日1組限定『肉とワインのマリアージュ』をコンセプトにした店でソムリエ・サービスの両方を任される。2025年から1年間、ワーホリでスペインに滞在予定。その後、ヨーロッパ各地でワイン醸造を学び、2030年を目処にネパールにワイナリー立ち上げを計画中。