嬉しい時も、ときめく時も、辛い時も、悲しい時も⋯⋯⋯。いつも音楽は、人の心に触れ、
寄り添い、潤いをもたらす。私にとって音楽は丸で血液のようだ。音楽と共に素敵な生活を。

Vol.9 大自然と音楽と珈琲と。Byヒコ・ウォーケン

2025年12月30日

第一章  山梨県小淵沢。

その朝は特急あずさに乗り小淵沢に向かう日であった。ある仕事の目的があって、その確証を求める旅である。某メディアの26年トレンドを想定し、自分の感性が正しいか否かを確かめる旅であった。

私のマーケティング手法は現場をアナライズし必ず自分の眼で確認を取って企画に入る。朝の新宿駅は人に溢れ、皆黙々と歩を進める。そのエネルギーはいつもながら足音に満ちていた。

あずさが駅を出て直ぐ、隣席にフランス人の旅行グループが乗って来た。こういう日は、いつもならヘッドフォンを出して独りになるのだが、たまたまその日はフランスのアウトドアの名門『ミレー』のクライミング用ジャケットを着ていて、目敏く隣席のフランス人に笑顔で『ミレーですね。日本でも売っていますが?』と聞かれ、その受け答えになった。日頃の疲れもあっていつもなら無視するところだが、一期一会。山好きのグループに見え、折角日本に来ているのだから応じる事にした。

流暢な英語で普段は美術館に勤めて居ると言う。山が好きで休暇はヨーロッパ・アルプスの登山をし、念願叶って日本の南アルプスを目指すという。私の知識の許す範囲、日本の自然美で話しは盛り上がる。お陰で朝食に選んだ弁当を開ける事もなく列車は八王子から甲府へ進み、間もなく小淵沢のアナウンスが聞こえてきた。

 

駅に降り立つと小淵沢は晩秋で冷気が肌を刺す。駅前でフランス人グループと別れ、迎えの車を待つ。実は家族の友人のカナダ人所有の別荘があり、彼は仕事で1カ月ほどNew Yorkへ行くために不在で、空いている間は使って良いとの話しであった。程なく家族がヴォルボのSUVを駆って車寄せに到着した。

13時を過ぎていたので、遅めのランチを取る事になった。一路走り出すと山々は晩秋の紅葉。例年になく遅い紅葉が車窓に広がる。直ぐに南アルプス連峰、八ヶ岳そして富士山まで見える大スケールの自然美は今や盛りの紅葉で私の感性を刺激した。途中大きな橋上で停車。その壮観な光景に息を飲む。

車は程なくして清里駅を通過、お目当ての『グラタン専門店アミ』に到着した。間もなくラストオーダーの店内だが客でいっぱい。窓側の席に通されエビドリアとオニオンスープを注文する。この店は良質なバター、小麦粉、フレッシュな牛乳を用い数時間かけて丹念に作るグラタンで知れ、30年一筋の専門店である。冷えた身体にグラタンは温かく優しかった。

食事の後暮れる時間が早い太陽を惜しんで山々を周り車は別荘に着いた。大きな家で道路を挟んで深い森があり庭も広大な家であった。広々としたリビングから庭面に大きな一面のガラス窓があり、その椅子から見える南アルプス連峰は壮観であった。幾つもの部屋があり、ワークルームやシアタールームもある。カナダ人は芸術の仕事をしているそうでリビングの音響も良い。棚には多くのレコードが収められていた。されどどの部屋にもTVが無い。この得難い自然美の中で音楽三昧か。日頃タフに動いている私には理想の生活であり、持ち主の芸術好きを偲ばせるひとときであった。

第二章  山梨県白州町。

翌朝ある目的があって早朝に目を覚ます。車で程なく行ける甲斐駒ヶ岳の登山口に行く目的である。車は冬を感じさせる冷気の中、遠く山に覆われた民家を脇目に登山口の起点とも言うべき駒ヶ岳神社の一角に着く。

古来、修験者の多くが通った歴史を感じさせる森の向こうに神社が見えて来る。苔むすぶ荘厳な社であった。修験者も登山者も駒ヶ岳のゲートというべきこの神社でお参りして、峻険で名高いアルプスの名峰に入って行ったのだろう。木漏れ日の社を散策していると次々に登山者が参拝に立ち寄り、一礼して登山口に向かって行く。女子の複数も想定外に多くいた。

私は登山道に沿って神社の裏手にある細道に歩を進める。すると間もなく渓流の上を繋ぐ長い吊り橋に着いた。丁度渓流の真上、橋の真ん中で歩を止め透明な水面を見下ろす。陽射しが透き通り渓流の岩魚の魚影が目に止まる。川の向こうに聳えるのは秀麗な赤石山脈。山梨と長野の国境いに屹立する標高2967mの日本アルプス屈指の名山・駒ヶ岳だ。鎖場とハシゴの連続の一歩間違えば転落の危険性のある山だが、橋に向かってくる登山者は寡黙乍ら朝の挨拶を交わし、一瞬だけ笑顔を見せて吊り橋の向こうの森林に消えて行く。

橋の上で深呼吸すると丸で肺の中まで浄化される心地良さに包まれた。暫く周辺を歩き渓流に降りて見た。川から橋を見上げると登山者の数が増えていた。ブーム到来か。それにしても上級の山である。低山トレッキングなら更に自然志向者は多いだろう。

そうして僅か一日で周辺を巡るスケジュールの中、後ろ髪を引かれる思いで車は白州の町に向かった。白州は何と言っても名水100選に称される尾白川渓谷の水に惹かれる。サントリーが誇る世界的なシングルモルトの蒸留所があって人口4218人の小さな町でありながら、訪れる人も多い。町中の台ヶ原宿には10時前に着いた。江戸時代の宿場町の面影がある日本の原風景が連なる通りであった。

ここでは蕎麦通にとって神話的な『白州手打ち蕎麦・くぼ田』を目指す。大自然の空気、良質な水があれば蕎麦が不味かろう筈が無い。車を停めると既に数人が開店を待っていた。開店まで1時間以上あるのに名前を書いたのは3番目であった。そうして11時前に戻ろうと白州の通りを散策する。酒蔵、和菓子屋。点々と昔の建物を活かした店がある。その先に恐らく何かの店だったのであろうガラスの引き戸にCOFFEE と無愛想に印字された今でいうカフェが目に入った。ガラス戸の向こうは無客。年代物の大きなテーブルがある。私は『こんにちは』と引き戸を開いた。中から年配の声で店主らしき人が『いらっしゃい』と返ってきた。薄暗い店内に柔らかな陽射しが穏やかな空気を醸し出す。椅子に座り種類の少ないメニューを見る。店内では深煎りのコーヒーの香りが漂う。

これは軟水でもありラテにしたら美味そうと感じ注文する。それにしてもコーヒーを淹れながら店主は無口だ。『白州は名水の町だからコーヒーが美味そうですね』と投げるとコーヒーの事なら話そうとばかり店主はいきなり口数が多くなった。『駒ヶ岳神社の水を汲みに行ったのですが今ひとつ。道の駅でも汲めるのですが、これも物足りない。試行錯誤して今は近くの酒蔵の水を汲んでいます』。やがてラテが運ばれ想像した通り深煎りとミルクが調和して美味いコーヒーだった。『この豆はマンデリン?』と聞くと『いやマンデリンではないですが、インドネシア産です』と答え私は『以前インドネシアのバリ島に行った時にフローレス産があって、このローストなら美味しい。豆が見つかれば試してみて』と返す。『本当に美味しい深煎りコーヒーが飲みたくて、気ずけば焙煎するようになりコーヒー屋を始めた⋯⋯⋯⋯』。お互い寡黙な二人はコーヒーを間に僅かな時間で急速に距離が縮まる。そうこうしているうちに10:50分になり、『今度いつになるか分からないけど又、来るね』と楽しかったコーヒー談義を切って、くぼ田に歩を進めた。

店内は大きな和室を改造したようで、座敷に上がってテーブルが並んでいる。念願の十割蕎麦は風味が利いて想像以上のものだった。やはり名水の里の蕎麦は美味しい。天麩羅も丁寧に仕上げられ味のこだわりとプライドが伝わる評判通りの名店であった。

食後は更に山道を行く。起伏とカーブの多い道の両脇は色とりどりの紅葉が目に入る。やがて温泉の露天風呂からくっきりと見える雄大な富士山を眺めて充実した一日が過ぎて行った。

あずさは夜の新宿駅に到着した。丸でさっきまでが夢の世界のように、駅構内はいつも通りの人の群れで気ぜわしかった。

第三章  福島県裏磐梯

今、山は空前の自然、環境ブームによって男女問わず多くの人が目指している。登山、トレッキング、グランピング、キャンプ、ハイキング、ピクニック⋯⋯⋯⋯。ファッションビルで多くのアパレル専門店が撤退し、その後に巨大スペースを占有するのがアウトドア、スポーツ系の店舗だ。

尾瀬、上高地、奥入瀬、白馬、八ヶ岳、富士山を始め、秋田や岩手、山形の山々には遅くなった紅葉を求めて人が群がっている。ホテルも高額になりながら予約が取れない。インバウンドも日本の自然美を体感し、特に神秘ささえ感じる美しい山に魅了され、東京から秀麗な山々に拡散している。インバウンドはキャンプまで張っていて、駒ヶ岳の麓を黙々と進む光景を目の当たりにした。

で、今日はピークが遅れた裏磐梯を体験しようと早朝會津若松のホテルを出た。ところが生憎濃霧の朝であった。車は河東村を出て徐々に磐梯山の麓に入る。上に上がれば霧も晴れるだろう、淡い予測で進んで行った。こういう幻想的なシーンには音楽は欠かせない。フランシス・レイの名曲『白い恋人たち』をかけながら、ゆっくりとゴールドラインを登って行く。

すると見晴らし台近くのカーブを抜けると急に霧が晴れていて裏磐梯特有の黄色の葉が風に靡いていた。霧の向こうに思わず息を飲む色彩の世界が現れたのである。これは実に感動的な自然美だった。余りに美しいので中腹から猫魔八方台の登山口駐車場の間を四往復するほどの光景だった。

そこから桧原湖周囲を走り、十分過ぎるほど自然の紅葉を堪能して湖に近い『早稲澤屋 しお○』というラーメン屋に立ち寄る。この店は會津の稀少名産による山塩を使う。山塩とは温泉水を4、5日焚き釜で煮詰め、100リットルで800グラムしか採れない手間のかかる貴重品である。

特徴は海塩に比べまろ味があって優しい塩だ。この塩を使った塩ラーメンはすっきりしながらも深みがあって味わい深い。私はこの店特有のとうきび(とうもろこし)入りをオーダーする。多量のとうもろこしが山塩スープに馴染んで甘く美味い抜群のバランスであった。

ランチを済ませ車は近くの曽原湖から下って、曲沢沼に着く。ここは山に囲まれた小さな沼である。山の色とりどりの紅葉が湖水に映る『鏡紅葉』と呼ばれている。この日は既に晩秋。紅葉の末期で、訪れる人は居なかった。時折鴨が湖水の上で羽を広げ波紋を作る。穏やかで心休まる光景だ。

私はやおら折り畳みの椅子を広げ、トートバッグから充電式のスピーカーを取り出す。そして風の向きを確かめ向かってくる方向の樹の枝にスピーカーをぶら下げる。同時に朝ホテルで沸かした湯を詰めたサーモスの魔法瓶と一杯分のドリップコーヒー、紙コップを用意する。保温力の高いサーモスの湯は丁度コーヒーの適温になっている。

コーヒー豆はベラクルースルビー。野外で美味しいのでわざわざ越谷市郊外のORitieというロースター屋に買いに行く豆だ。私にとってはそれだけ大自然コーヒーと音楽は貴重なものである。

今日、この日のために用意したのは、チャイコフスキーピアノ協奏曲第一番変ロ短調作品23。いつも私のワークスタジオで聴く時はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、スヴャトスラフ・リュヒテル ピアノ、ウイーン・フィル盤だが、この日はマルタ・アルゲリッチのピアノにした。若い時のアルゲリッチは特に良い。シャルル・デユトワ指揮、ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団盤。メロディーメーカー、チャイコフスキーの面目躍如の曲で、立ち上がりのフォンの序章とピアノの絡みを聞くだけでワクワクする。風に乗ってアルゲリッチの情熱的で情感の籠った果敢なピアノが紅葉の大自然と溶け合う。マイルドなコーヒーと共に私にとっては最上の至福時間である。

大自然と音楽とコーヒー。来年の新緑には谷川岳一ノ倉沢麓でやってみたい。ハムサンドとコーヒーと共に自然の絶景がマイカフェになる。これぞ究極のカフェである。

第四章  六本木

今日は私がプロデュースするJAZZライブの日だ。六本木の高級レストランを借り切ってのライブで夕方から音響機器を入れリハを行う。客が入ってコース料理が出る時間は私にとって貴重な打ち合わせ時間だ。スタッフと入念な打ち合わせを済ませ店に戻ると料理は終わりに近ずきデザートに入っている。

ミュージシャンと共にさあ行こうの集中力が出る。
演奏は超一級のヴォーカルとミュージシャンを揃えた。互いの呼吸感が今夜はどう反応し合うか楽しみなところだ。曲もレストランライブを意識して酒とバラの日々や大好きなニーノ・ロータの名曲ジェルソミーナをJAZZにアレンジした。順調にライブは進み残り2曲になった。場内の雰囲気は聞き惚れているようで、緊張で張り詰めているようだ。私は今夜のショーで楽しく笑顔の余韻を持って帰したいので、手拍子を始め客を誘導した。するとそれが契機となり、皆我に帰ったように大きな手拍子となって最後は大いに盛り上がる。ラストは緊張を興奮に変えた方が良い。

ライブが終了し、場内は未だ熱が籠っている。私は毎回、帰途に着く客の顔を見るために入り口に立つ。満足度は如何ばかりか客の表情を見るためだ。時には出口でJAZZはいかがでしたか?と聞く時もある。『楽しかったです❗️』、『感動しました。ありがとう』、『良い曲ばかりで聞き惚れました』、『また来たいです』⋯⋯⋯⋯。私にとって客がJAZZを好きになってくれれば、それは最良の歓びである。

客が帰り私はお店のテラスに出た。すると間近に六本木ヒルズの夜景が浮かんでいる。誰かが『ヒコさん、ありがとう❗️』と言った。

今日は良い日だった。明日はどんな一日になるだろうか。


ヒコ・ウォーケン(YASUHIKO TAKAHASHI)

ライフスタイル デザイナー

プロフィール:
ファッション、流通マーケティング分析、企画、音楽プロデュース、映像、販促、メデイア情報、講演を駆使し、ライフ・スタイルデザインを軸に多くの企業コンサルティングに携わっている。独自の感性、レーダー力、分析力で唯一無二のビジネスに定評が集まる。特に自らの持論である『文化情報経済』は常に時代を先取し、ビジネス・トレンドを創造し続け、今にある。現在は日本版【クオリティー・オブ・ライフ】の創造発信と体験型ライフデザインに力を注ぎ、精度の高い時間創造を提起している。
マデイソンコンサルティング創業者。