INTRODUCTION
星に夢中になり始めたのは14歳のころ、当時(1980年)手描きで作成したホロスコープを眺めては、惑星が示す意味と同時代の出来事との共時性にワクワクしていたのを覚えています。
そのときの天体配置で特に印象的だったのは土星と木星が共に乙女座から天秤座に移動して約600年ぶりに風のエレメントに集っていたこと。
いまでは多くの人が耳にする「風の時代」へのストロークを感じながら未来の私らしい在り方を模索していました。
そこから半世紀近い月日を経た現在、新しい時代の到来は外からもたらされる以上に、個々の内なる気づきと豊かな繋がりから拡がっていくのだと実感しています。
この連載では、惑星たちが奏でる二十四節気ごとの天体配置から、より魅力的で私らしい暮らしを楽しむための星々の語らいをお伝えしていきます。
小雪・射手座の季節
2025年11月22日
小雪のころ、大気には透明感が宿り、
世界はゆっくりと冬至への準備を始めています。
光が日に日に短くなっていくこの季節は、
外界の静けさが深まる一方で、
内なる光が密やかに息づき始めるときでもあります。
射手座の太陽は、
冬至という「次なる一年への胎動」を抱えながら、
遠くの指標をめざして静かに矢を放とうとしています。
この季節、私たちの意識もまた、
太陽が放つその矢と呼応するように、
慣れ親しんだ領域の外側へ向かって、
まだ見ぬ地平をそっと覗き込んでいるようです。
世の中を照らす光が静まったように思えても、
魂の視力はむしろ澄んでいきます。
この逆説のなかに、冬至の智慧が潜んでいるのです。

射手座にイングレスした太陽の光は、
私たちが日常的に抱えているさまざまな問題に対して、
あたらしい視野を差し示そうとしています。
職場や家庭、昔からの顔馴染みといった
限られたコミュニティの中では、
無意識のうちに“役割分担”が生まれます。
そうした暗黙の配置は、
社会生活を安定させる大切な要素である一方で、
周囲からの思い込みや期待が、
いつしか心の牢獄となってしまうこともあります。
一人ひとりの「私」には本来、
もっと自由に翔ける“冒険家”としてのポテンシャルが潜んでいます。
その可能性の扉を開くためには、
自分自身のセルフイメージを狭い場所に縛らず、
広がる世界へ向けて好奇心を注いでみることが大切です。
そして射手座は、
ただ外へ旅するだけの星座ではありません。
真の冒険とは、
まず心を自由へとひらき、
解放へ向かう道を選び取ることです。
その自由と解放は、
目の前の景色や情報に従うだけでは
たどり着けない所にあります。
なぜなら、外の地平を広げるためには、
まず内側に眠る“始まりの物語”を思い出す必要があるからです。
私たちを形づくり、
ときに制限してきたその原点こそが、
実は“閉じられた場所から解き放つ鍵”を握っているようです。
そこには、
長い時間をかけて育まれてきた魂の眼差し、
すなわち本質を見つめる力が宿っています。
射手座の太陽は、
その静かな眼差しにそっと光を当て、
新しい物語へと踏み出すための、
内なる羅針盤を整えてくれるのです。
この“広い視野への移行”という射手座のテーマを、
もっとも象徴的に体現していた人物のひとりが
ワシリー・カンディンスキーです。
彼は三十歳を迎えるころ、
安定した法学の道を捨て、
画家になる決断をしました。
その頃、モネの『積み藁』の色彩に触れ、
“色が直接心に語りかけてくる”という体験を得ています。
その静かな衝撃が、
彼の中にあった根源的な表現への意志を
揺り動かしたのかもしれません。
ちょうど土星リターンの周期、
魂が成熟し、「与えられていた役割」を静かに手放す時期と、
重なっていました。
彼の精神的土壌には、
同時代の神秘思想より以前に、
ロシア正教のイコノロジーが深く浸透していたようです。
イコンとは、単に象徴を写し取っただけの絵画ではなく、
不可視なる光を観想するための“霊的認識の窓”と
言い表すことができます。
カンディンスキーが用いた抽象表現は、
この“霊的視力”が新たに開花した姿のようにも感じられます。
彼が行っていたのは、
形を壊すことではなく、
魂の文法を取り戻す営みでした。
色は音のように響き、
線は意識と無意識を紡ぐ軌跡となり、
抽象描写は“精神の事実”として立ち上がっていったのです。
冬至へ向かうこの季節、
私たちもまた、内に秘めていた「矢」を思い出す機会に恵まれそうです。
他者から与えられた役割や過去の物語をそっと脇に置き、
まだ見ぬ地平へ向けて、静かに弓を引く。
新たな矢が放たれるその一瞬のために、
世界も私たちも、深く息を整えているのかもしれません。


イズモアリタ(MASAFUMI ARITA)
星の神話とタロットの図象
/伝承叡智の研究
テキスタイル&グラフィック
/デザイナー
プロフィール:
星とタロットの図案家として 未発掘の心象シンボルと無意識の同時代カルチャーをスケッチしている。2004年より世田谷ものづくり学校にアトリエを構え、コンバースシューズやヤコブセンのチェアをはじめ、BEAMS、IDEE、CIBONE、サザビー、ほぼ日、JTB、伊勢丹BPQC、高島屋、等で様々なプロダクトを発表してきた。近年は、独自の縄文&出雲的な感性と星々との呼応から制作活動を展開。古代の伝承から同時代のものまで古今東西の文化に詳しく、ゼロ歳からのワークショップ、美術大学で造型指導も行っている。
イズモアリタ instagram
@izumoarita