Vol.1 今の気分にちょうどいい音楽の話
もう40年くらい前、会社の創業を準備していた時だ。自由業の仕事が終わると海外へよく出かけていた。それ以前も随分と海外に出ていた。その度に自分の中である習性が芽生えていた。海外に出ると客観的に日本の良さが見えてくる。多分、それは距離を置く事で冷静な判断ができるからであろう。世界にも秀でた日本の文化。それは地方の隅々にも存在する。
この日本文化こそ将来の日本国益に叶うものだと感じていた。今から38年前の創業時、私は自らの企業理念に『文化情報経済』を据えた。日本の文化を情報で連鎖し、仕掛ければ必ず経済に繋がる。日本国内、海外客共にディープな日本文化は人を惹き付けて止まないであろう。しかも長い歳月と四季を追い、豊かな感性で醸成されてきた文化である。
当時、もう一つの発想は自由業を積んできた経験値から、理念にブレない限りジャンルを問わない企業でありたい想いである。ファッション誌のマーケティング、ライフスタイル・デザイン、映像、情報を駆使した販促、音楽、広告、コンサルテイング、旅行他時流に見合った仕事を展開してきた。
文化や人々の生活に関わることなら、仕事の垣根を作る必要は無い。いや垣根こそ企業の成長を止めるものである。人が生きて行くと同様、企業も人間のステージならば同様の考えで良い。刻々と変化する時代にあって時流と弾力性こそ枯れない活力を与えるものだ。企業こそ生命力みずみずしいものでなければならない。
そう思い活動して38年の歳月を経て今にある。その結果どうなったか。日本を訪れるインバウンド数は2019年時で年間3188万人。鎖国に近かったコロナ禍3年を経た2023年には2500万人にまで復活している。特に長いコロナ禍で体力を消耗した流通業、アパレル産業、食関連、観光業などの分野で救世主になっている。それも東京、大阪に限らず日本の文化と四季を追って地方の優れた魅力にアクセスの目が向けられれている。札幌・千歳や新潟空港など直行便がどんどん入ってくる。暖冬の2月、越後湯沢のガーラ・スキー場のケーブルを乗ってゲレンデに出ると圧倒的に外国人が占めている。スキーを履かない雪遊びに興じる姿も目立っている。その後の雪国の食文化、心から温まる温泉。『また、直ぐに帰ってきたい』声を多く聞く。そこには人間回復の歓びが満ちている。
SNSの発達で外国人が地方へ容易にアプローチできるようになったのも大きい。また国内需要を見てもコロナ禍の閉鎖生活を解放され、再度心の充実、快適性を求めるミニマル・ツーリズムを皮切りに動き始めている。
38年前に感じていた想いが長い風雪を経てより国益に発展した経営理念。長期をかけて一切ブレず、磨き上げてきた途に狂いは無く、現在は創業時以上に強固になっている。
私たちは日々心新たに時流を見据え、今日もまた国益追求と社会貢献の意を持って企業活動を続けている。
【ミッシェル・カミロ&トマティート/スペイン】 Vol.1
随分以前、仕事でミラノに通っていた時期がある。いつも仕事が終わると同時に東京に帰っていたが、ある年の冬3日ばかりスケジュールに余裕があって、どこかで過ごす事にした。パリやロンドン、ベネチアも想起したが何度も行っていて、通りや小径、店が頭に浮かぶ。結局、未だに見ていないベラスケス、ゴヤ、エル・グレコ、ルネッサンス、バロックが収まるスペインのプラド美術館を目指すことにした。寒いミラノを脱出したい気分も理由である。
マドリッドの空港に着いて第一に感じたのは陽射しの強さだ。眼が良くなったのかと錯覚するほど煌めいて見えるのは印象的だった。真っ直ぐホテルに直行しひと休みし、散歩に出る。夕暮れのダーク・ブルーの空に冬枯れで落葉した樹々の枝が細くしなやかに伸びている。それらが連なってまるで墨の線画のような侘びの風情であった。角にカフェがあり窓際の席に座りコーヒーをとる。客は半分位席を占めていた。会話の声があちこちで聞こえてくるが、気づいてみるとBGMが流れていない。高い天井に話す声が響くばかりだ。
コーヒーを啜っていると、場にあった1 枚のCDが想い浮かんできた。『ミッシェル・カミロ&トマティート/スペイン』である。ラテン・JAZZピアノとフラメンコ・ギターのデュオの稀少価値盤である。特にミッシェル・カミロは幾度となくNew York、東京で聴いてきて私のコーヒーを美味しくしてくれる好きなピアニストである。
餅は餅屋の例え通り、音楽プロデューサーを生業とする私は、悲しいかな気に入ったシーンと対峙すると音を付けたくなる。この時も真っ先に脳裏を駆け巡ったのはこのアルバムだった。プロデュースする側から見ると、ある意味デユオはリスクが高い。緊密な相手の理解と呼吸感。ひとつのミスも許されない演奏。ましてや本作のようにカリブ海のドミニカ共和国のメレンゲとフラメンコ・ギターの絡み合い。聴く側にとっては、一体どんな作品になるのかワクワクである。
その同じ分量だけ制作側は緊張感を強いられる。かってピアノとギターのデユオ盤で今も残るのはビル・エバンスとジム・ホールの『アンダーカレント』が輝きを持つが、ミュージシャンにとってこの試みは挑戦以外の何ものでもない。カリブ海の波の如く煌めくピアノ、繊細かつキレの良さのフラメンコ・ギター。カリブ海とスペインの文化を融合し新たな音楽を創造するとなると、未知のジャンルに繋がる大きな挑戦である。それが成功した稀なケースの稀少価値盤と言って良い。その背景には互いのソロの時には相手母国のリズムでサポートし、その融和感は高いレベルで心地よい。
①【スペイン・イントロ】では王道のアランフェス協奏曲から入り、②【スペイン】はチック・コリアが得意とした曲。ここでJAZZ とフラメンコは異次元で融和しひとつの世界を創りあげた。個人的には⑤【あなたに逢いたくて/愛のテーマ】は繊細かつ絶妙な仕上がりになっていて好きな曲である。
このアルバムの作品はスペインらしさのロマンティックに、筆者が垣間見た夕暮れの光景、樹々の侘しさが表裏一体となっている魅力に満ちていた。この作品は1999年、アメリカ・コネチカット州スタンフォードのスタジオでレコーディングされている。繊細かつ響きの強弱を拾う、小編成に良いスタジオと感知される。
マドリッドらしさのメロディーとリズムが、心の内に動悸のように響いてくる。いつの世にも音楽は離せない。それが心に潤いと楽しさを醸成させる素である。だからいつになっても音楽の創造は止められず、ひたすら挑戦の途を進むばかりである。
ヒコ・ウォーケン(YASUHIKO TAKAHASHI)
ライフスタイル デザイナー
プロフィール:
ファッション、流通マーケティング分析、企画、音楽プロデュース、映像、販促、メデイア情報、講演を駆使し、ライフ・スタイルデザインを軸に多くの企業コンサルティングに携わっている。独自の感性、レーダー力、分析力で唯一無二のビジネスに定評が集まる。特に自らの持論である『文化情報経済』は常に時代を先取し、ビジネス・トレンドを創造し続け、今にある。現在は日本版【クオリティー・オブ・ライフ】の創造発信と体験型ライフデザインに力を注ぎ、精度の高い時間創造を提起している。
マデイソンコンサルティング創業者。